yume-san_sora-kun’s blog

日記。たわいない個人的な日記。※平日限定。気ままに更新いたしまする!

え”ぇ~、かなり間をあけてのHatenaBlog(残っていて感心と思い出。なんて大層立派なことを書き記しているもんだ。おれ。)

ひさ~しぶりに、、、、、です。

 

また大層なこと書くらしい。

 

きのう、人生初の映画のエキストラ役をほ~んの少し体験させてもらった。ものづくりを基盤にしている自分にとって、映像という「もの」が、どのように創られ、また、どのような雰囲気・空気感で撮影という作業が進められるのか、興味がわき、チャンスがありといういいタイミングでの応募→選考→当選→撮影本番!ということだった。

 

ここで、感じたことなど自分だけが理解できる文章にて書き残しておく。

 

エキストラ参加した映画は、来年4月15日に公開予定の映画「ReLIFE」という、スマホコミックcomico(コミコ)人気抜群の原作を、中川大志さん、平 祐奈さんのW主演で実写化となる映画。

 

○○役をいただき、1日の撮影の中で4から5回、演技をした。人生初。、、というか、実生活でも自分がなにか別な者・ものを演じているということは、頻度は少ないにしろやっていることかもしれぬ。と感じた。

 

雰囲気は、明るい映画、でもなんとなく漠然と考えたことのあるモンモンとした青春を過ぎてから考える幻想。

 

いつからだろう。

 過去に戻ってみたい、やり直してみたい、

  とか、考えなくなったのは。。。

 

きっと、いまを大切にしている自分がしっかりといて、時間や経験とともに、そういうことを、まあまあな時間をかけてまでも考える作業をしなくなった、いくら幻想を夢見ても、現在の暮らしの中で、前に進むことの足かけになることを知ってしまったから?

 いや、ちがうな。

きっと、なんども、自分を変えたい、もう一度同じ環境だったりちがう環境で、過去をやりなおしたい、そう、悩み重ねてきたからなのかも知れない。

 

 さて、撮影作業の感想観想。

 ものすごくエキストラ(もちろん一般大衆の方々)に、親切丁寧。まったく威厳をふるって進めるようなものづくりでは、なかった。感動した。

 アドリブの台詞を言ってほしいという要望も、ん~だいたいでぇ~。的な、すごく力まずにいられた。

「本番~!」の声は、やっぱり凄みがあった。ドキドキとした。

 

 まあ、おっさんがいきなりこれだけの人数の女子高校生(実際は。。。)たちと、ともに時間を過ごしているのはホントの先生達ぐらいだろう(笑)。

 

 元気をもらえた、そんな、体験ができ、清々しい時間だった。

  公開が楽しみである。  おわり

 

浮かんでは消え、また浮かぶこと

久しぶりに記事を書く。

 単身赴任で遠方に来ました。

7月10日(日)は参院選がある。

日本国民として一部を除いてだれもが持つこの権利。大切さを実感できる境遇にない国民が多数であることは投票率の低さからも明らかだと思う。わたしも、その一人。

 だから、こんな記事を書く資格すらないと思っている。が、あたまに浮かんでは消え、また浮かぶもんだから記事にしてみる。

 

 政治は身近であるほうがいい。きっと。

 テレビの中の政治家をエンターテイナーとして目に焼き付けている投票権保持者は多いことだろう。わたしは最近テレビも見ていない。家事が忙しい、もっと心地いい時間がほしいという理由からだ。テレビを観だすと「かっぱえびせん」状態に陥る自分がいるのを知っている。

 

 いろんな思惑、幻覚、思想、理念。あるとおもうが、未来の日本。そして未来の世界を本気で考え、地球を救い、人類を救い、人としての英知を向上させよう!と本気で思っている政治家は、果たして日本にどれだけいるんだろう?

 

 平等・平均・みな同じ….。これは、人も自然も、生まれてきたときから、あてはまらない現実。理想とだれかは説いたが、そうはならない。なぜか、それは、みんなちがってみんないいから、だとおもう。

 人も自然も、この地球で『共生』している。助けあっている。補いあっている。

 これが、まともな”ひと”と自然の在り方だとおもっている。

 

 争うことは自然の動きだともおもう。だが、戦いはちがう。

 

 ひとも、必要以上に争ってはいけないとおもう。

 

  いま真摯に向き合わなければならないのは、自然の猛威に対してではないのか?

 地球は無限ではないかもしれない。でも、ひとはいままで、自然と闘いあってきて生き残ってきた。

 

 いま、戦うのは、ひと同士ではない。

 

 いまは、ただ、それだけを思っては消え、また浮かんでくる。

こころ一つ、太鼓の魅力と心がけ

はじめての休日更新を強行する。

きのう、伝統文化の継承に身を置かさせていただいている、加賀豊年太鼓保存会の演奏があった。それは婚活パーティーでの演奏で、マッチング→告白タイムの前に、勇気と元気を届けるための応援演奏。サプライズでの10分間の演奏。

スタンバイ中にあった、リーダーとメンバーとの心のやり取り、格闘!?のなかで、一筆しておきたい事柄があったので、記録にしておく。

まず、舞台の状況把握が不十分にも程があるほどの状況。広さは?形態は?サプライズとしての登場にもかかわらず、お客様の雰囲気がどんな状態の中での登場、どんな太鼓のセッティングとなるのか、いかんせん何もわからないという有様。

もちろん舞台プロではないので、そこまで要求されても100%の準備は存在しない。

メンバーは不安、中には曲演奏の打ち方が体になじんでいないメンバーもいる。

リーダーも不安。あーでもないこーでもない。いっこうに決まらないままリーダーが放った最後の言葉は「ひとりひとり空気を読んで、それぞれが考えて行動せよ!」

決まった。

そしてサプライズ登場!

 みんな冷静に準備を実行。ほどなく心のこもった、力強い演奏をしてお辞儀。

怪我もなく事故もなく、準備→演奏→片付け→撤収ができ、成功と言ってよい(笛のパート(自分)で少々間違ったが、これはご愛嬌。)。

“こころ一つ”の本当の意味を垣間見ることができた舞台となったように感じた。

どんな状況であれ(今回は舞台の広さや状態がほとんどわからない状況)、ひとりひとりが、同じことを考えて、同じ空気を読み、同じ音を打ち、おなじ気持ちでお辞儀をする。そんな一連の太鼓という伝統文化の継承の良い一場面が体現できた気がする。

わたしが加賀豊年太鼓保存会のメンバーになって1年5ヶ月。何年も前から一緒に活動させてもらっている錯覚さえ感じるほどしっくりとおさまる環境だと自負。

太鼓の魅力は音だけに止(とど)まらない。伝統を受け継ぐ責務を感じなくとも自然と鍛錬に励む。そんな姿勢が大好きである。メンバー間での人間関係も意外とサラッと、こんな感じが長続きの極意とも感じる。

複雑な今の社会の中で、こんなシンプルに行動できる心身鍛錬のステージはないくらいにおもって、これからもこころ一つ、おなじ空気、おなじお辞儀ができるよう、鍛錬となにげないコミュニケーションを心がけたいと思います。

今回は以上です。しげじぃより、しげじぃへ。

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見つめていたい

自分を本当に評価するのは、自分自身である。

 

本当のやり甲斐や達成感は、自分に嘘がなく、

正直に実行したときにだけ、得られるものである。

 

竹は竹、松は松と各自その天賦を充分に発揮するように、人間が人間の天性自然を発揮するのが人間の善である。西田幾多郎善の研究」より

 

《楽曲》

穏やかな暮らし/おおはた雄一さん

www.youtube.com

平成25年12月24日 いま、思うところ

平成25年12月24日 いま、思うところ

 

 いま、日本の社会は「楽生(らくしょう)主義」の風潮が、特に若い世代(20代・30代)で成長しているように感じる。

 この「楽生(らくしょう)主義」とは、わたしが捻出した言葉だが、人生をどう楽しみ、どう生活し、どう生きるか!ということを、現実的に発案し、行動し、世間に受け入れられている風潮を、わたしなりに考えた言葉である。

 

 若者が社会に船出するためにとおる登竜門、「就活」において、いろいろと会社情報、適応テスト、リクルートナビする会社など、さまざまなサービス(?)が展開されている。

 営利目的の会社は、よりその運営を発展成長していくために、よりその会社方針に見合った人材確保にちからを注ぐことは当然だとは思う。ただ、入社して3年でその会社を辞める若者も3割に達することも現実のようだ。

 楽生を貫く個々の在り方が、多様になり、生きることと働くことの関連づけがわかりにくくなっている現代社会の複雑さが、このような状態を生んでいるのかもしれない。

 

 わたしは、いままでの経験を回顧してみると、働くことが生きがいの一部でありたいと常に思っていた。ただ、自分が目指すところ、目指すものが、その時々で変化していったのも事実である。一貫した芯を持ち、人生を歩む選択は、結構困難な道である。我慢と根性が不可欠である。偉業を成し遂げると言うことは、ときに、この我慢と根性、一貫した芯を持ち続けてはじめて成し遂げられるものかもしれない。

 

 しかし、一般に生計を保ち、自分の人生を全うしていくほぼほぼの道は、わたしのように芯を貫いてみたり、外れてみたり、納得してみたり、妥協してみたり、曲がりくねった道を歩んでいくものかもしれない。

 

 でも、楽しく、世のために、自分のために、周りの人のために、先人のために、未来の人々のために、人生を歩み、必要とされた道を踏みしめたいとも思っているだろう。

 

 そんな風潮、思っていたことを行動し、世に認められ、必要とされる人生を楽しく歩んでいく姿が、若い世代に受け入れられているように感じる。

 

 私生活においても、会社という社会活動でも、趣味の娯楽活動でも、楽しく生きるためのいろんな方法、手段、手法、哲学、仕組み、が生み出され存在している。

 

 自分自身、笑顔を広げる、そんな楽しい人生を謳歌したいと思っている。

 

 「楽生(らくしょう)主義」を貫くのも自分の人生である。

第1回 金沢マラソン 沿道応援!おもてなし隊!!

加賀豊年太鼓保存会! 雨もしたたる太鼓の響きを、マラソンランナーの皆さんや沿道で応援されている多くの方々に届けてきました!

11,821人のフルマラソンの挑戦者もすごかったですが、応援部隊、おもてなし部隊のにぎやかし隊の数、演出、食材(?)もすごかった!!

ひとつのことに、これだけの人が、こころをひとつにできることが、何よりも楽しめたイイことだったと感じる。

これからも楽しく、太鼓や人々と接していこうと思った。ありがとう加賀豊年太鼓保存会!ありがとう金沢!

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紡(つむ)ぎ歌

"命は時の中を

薙(な)がれ凪(な)がれて

永久(とこしえ)の記録を

二重(ふたえ)の螺旋(らせん)に紡ぎ逝く

私は此の唄を

詠(うた)い語りて

刹那(せつな)の記憶を

人の心に刻み往く"

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人生寄一世 方醒春已暮

四時更變化 歲月一何速

憶如長河星 思如明月懸

素手擢青絲 織成雙螺旋

誰能為此曲 轉軸付相思

撥弦聲聲慢 躊躇欲語遲

芳華只刹那 殘香空餘枝

低眉信手彈 說盡心中事

 

YouTubeでみつけた、なんとも落ち着く、唄。I LOVE It!

幼なじみ ふるさとにて

 先週の土曜日に、はるばる(でもないか)、約300km車を走らせて、ふるさとの友と語らうべく、長岡へ行ってきた。

 永久幹事と豪語してくれる仲間のおかげで、2年に1回、幼なじみ(中学3年生のときの同級生)と、酒の盃を交わしながら、延々と5時間も同じ郷土料理屋(ほぼ貸し切り!)での笑い声。

 この年代になると、いろんな人生の道を、おもしろおかしく話せる。

 いまを充実させ、幸せだと感じているから、そうなるのであると思う。

 奥がましい「感謝」の言葉は交わさないが、みんな、同じ気持ちだということがよくわかる。

 

 次回2年後、2017年が、いまから楽しみである。

  この同級会の応援歌もこしらえ、また会うことを約束できた。

   「いろんな 人生 たずさえて…!」  しげじぃ

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金沢市 みなとまち大野町 日吉神社夏季例大祭

今年も暑い夏の伝統神事「大野日吉神社 例大祭神幸祭」が無事に執り行われました!町の方々も、神様が通りすぎるまで「手を合わされて」本神輿を担がさせていただいてたわたしも、思わず笑顔になりました!
 写真は後ほど、多くの方々が投稿してくれたものをアップしたいと思います。参照HPは、大野日吉神社です。

 楽しく、心豊かに、からだギシギシ(笑)。みなとまち大野!かなり、いいわいね~♡  髙橋